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母の昭和を超えてゆけ

2008年生まれの娘に母が昭和の時代に読んだものを押し付ける

人形の家

 

人形の家 (岩波少年文庫)

人形の家 (岩波少年文庫)

 

小3娘、おもしろかったよ〜という割にはそんなに盛り上がったふうでもなく。

寄せ集めの人形たち(子供にヒゲを落書きされたりしている)と、
空き箱で作ったおうちで遊ぶというのが
なかなか親近感を持てる設定だし、
その人形の世界でちょっとハラハラする展開があったり
衝撃的な事件が起きたりと十分おもしろいんですが。

私も、女の子たちの暮らす普通の生活の中で、
寄せ集めの人形たちが泣いたり笑ったりしながら
暮らしているという設定が好きだった覚えがあり、
娘にも勧めてみたわけですが、よくよく思い返してみると
そんなに何が印象に残ったのかは覚えていないな〜

私が最も(後半の大事件以外)覚えているのは、
「本物のツタは家を締め付けるが、
(人形の家に)絵で描いたツタは家を締め付けないのでよい」というセリフ。
なぜこの部分を……

あとは私がこれを読んでいるのを見た父が
「こんなのを読んでいるのか!」となにやら驚いており、
母に「んなわけないだろう」と一蹴されていたこと。
数年後、父がイプセンの「人形の家』と思ったことに気づいた、という思い出です
(そしてイプセンは読んでない。そもそも母はともかく父も絶対読んでない)。

虫が嫌いな母と虫が嫌いで恋の話が好きな娘

母親が虫が苦手だと子供も虫が苦手になるっていうじゃないですか。
まあそうなる可能性は高そうですよね、異論はありません。
なので私も、積極的に虫と戯れはしないまでも(そもそもインドア派なんで外に連れ出すだけでも結構な努力なわけですよ)ミミクリーズでなかなか強烈な虫がアップでどーんと出てきてもギャーとか言わずに「秘儀!10分の1目(©我が友みんみん@『Cube』要するに薄目)」で対処するとかマンションの廊下にヤモリがいたら微妙に距離を取りつつも「ヤモリだよー見てごらん(棒)」とか多少の努力はしてきたわけじゃないですか。
でもまあそんな程度じゃあ焼け石に水、わが子も今では立派な虫嫌いです。

で、その話は置いといてですね。
我が家の小3女子、『12歳。』という小説だかマンガだかが読みたいと申すのです。

12歳。〜ちっちゃなムネのトキメキ〜 DVD BOX 1<初回仕様版>

コレ?
お友達から仕入れてきた情報のようですね。
調べてみると「JSのバイブル」と言われている作品とのこと。
ちゃおのマンガでアニメ化されたのね、ちゃおか……
「第1話で、主人公カップルが付き合い始める前にすでにキスシーン」。
……お母さんの趣味じゃないわ〜〜〜〜〜〜!

「へーこういうの好きなんだ」(ドン引き)
「わたしね、恋の話が好きなんだよ!」
マジか。
「へ〜〜〜お母さんは殺人事件とかが好きだわ……」(娘ドン引き)

以上のエピソードから何が言いたいのかと申しますと、
母が興味なくても勝手に恋の話が好きになるんじゃん!
だったら虫も勝手に好きになれるんじゃないの??
なによー人のせいにばっかりしないでほしいわーという主張をしたいというわけです。

恋の話ね〜
お母さんの蔵書にはなさそうだわ〜
キャンディ・キャンディ』ぐらいなもんだわ。『冷蔵庫にパイナップル・パイ』は多少恋心的な要素があるか?

冷蔵庫にパイナップル・パイ 1 (YOUNG YOU漫画文庫)

冷蔵庫にパイナップル・パイ 1 (YOUNG YOU漫画文庫)

 

あ、『高慢と偏見とゾンビ』見ない? お金持ちが恋愛して(ゾンビと戦いながら)結婚する話よ〜(たぶん)

「絶対観ない」。
ですよね〜。

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高慢と偏見とゾンビ *3

 

 

*1:二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション

*2:二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション

*3:二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション

長い長いお医者さんの話

 

長い長いお医者さんの話 (岩波少年文庫 (002))

長い長いお医者さんの話 (岩波少年文庫 (002))

 

これは本当におもしろくて挿絵もかわいくて、
子にも絶対読ませようと思っていた作品。
しかし懸念が一点あった。
「訳:中野好夫
英文学者じゃん!てことは重訳じゃん!(原語はチェコ語
中野好夫といえば私の中では『闇の奥』。
大学の英語の授業で原書を読まされて、すぐ訳書に逃げた思い出が……)

うーん、私も重訳ので問題なく楽しんだし、そんなに目くじら立てることもないかな、でもやっぱり現代の感覚からするとオリジナルに近いものを読ませたいような気も……

岩波以外にするか?

フェリシモが2008年に『お医者さんのながいながい話』として出版してる。

お医者さんのながいながい話 (チャペック童話絵本シリーズ)

お医者さんのながいながい話 (チャペック童話絵本シリーズ)

 

でも品切れっぽいな
そして岩波の9編が収録されているわけではなく、「長い長いお医者さんの話」だけみたい。
なにより、描き下ろしのイラスト(挿絵は見てないのでわからないけど)もかわいいけど、やっぱり、やっぱりヨゼフの挿絵がないとだめなのよ!

となると『カレル・チャペック童話全集』がチェコ語からの直訳。

カレル・チャペック童話全集

カレル・チャペック童話全集

 

もちろん挿絵もヨゼフのもの。
しかも岩波に収録されていない2編も収録。
だがいかんせん大人向け。
漢字が読める読めない、字が大きい小さいのレベルでなく大人向け。
なじみのない言葉はすべて割注。

まあ重訳でもいいか、と観念して岩波少年文庫(ハードカバーは品切れ)版を購入したところ……なんと訳者あとがきでチェコ語版と比べて手を加えた、
人の名前、土地の名前などはチェコスロヴァキアのものに変えた、と明示してあるじゃないですか!
なーんだ!これさえチェコのものになってれば、ほかが重訳かどうかなんて私にはわかんないよ!
ノープロブレム!
というわけで、悩む必要は一切ありませんでしたことをお知らせします。

ちなみに娘は「おもしろいーーーー!」と最上級の評価(過去の最上級評価獲得作品は『三人のおまわりさん』『三人のシュタニスラウス かみ舟のふしぎな旅』『ちいさいモモちゃん(シリーズ)』)。
乗り換え待ち用に旅行に携帯させたところ、ややもするとホテルで続きを読みふけろうとするほどでした。お願い、せっかく遠くまで来たのよ……

「お母さんのおすすめの本はどれもものすごいおもしろい! みんなにもおすすめしたい!
(けどしない)」と母の選書にお墨付きを与えてくれた一冊となりました。


兄のヨゼフ・チャペックによる『こいぬとこねこは愉快な仲間』も楽しいお話です。

こいぬとこねこは愉快な仲間―なかよしのふたりがどんなおもしろいことをしたか

こいぬとこねこは愉快な仲間―なかよしのふたりがどんなおもしろいことをしたか

 

こちらも本来の児童書としての位置より少し年上向けに出版されているのですが、これは読み聞かせならぜんぜんいけると思います。長いけど。
漢字さえ読めれば、小学校中学年から自分で読めるのでは。
ズボンに穴が開いたらミミズで縫うといいですよ。

岩波少年文庫『長い長いお医者さんの話』収録

  • 長い長いお医者さんの話
  • 郵便屋さんの話
  • カッパの話
  • 小鳥と天使のたまごの話
  • 長い長いおまわりさんの話
  • 犬と妖精の話
  • 宿なしルンペンくんの話
  • 山賊の話
  • 王女さまと小ネコの話

寺村輝夫によるエッセイ付き)

青土社カレル・チャペック童話全集』収録

  • とってもながーい猫ちゃんの童話
  • お犬さんの童話
  • 小鳥ちゃんの童話
  • 大肥満のひいお祖父さんと盗賊の話(第一の盗賊の童話)
  • 水男(かっぱ)の童話
  • 第二の盗賊の童話(礼儀正しい盗賊の話)
  • 正直なトラークさんの童話
  • とってもながーいお巡りさんの童話
  • 郵便屋さんの童話
  • とってもながーいおいしゃさんの童話
  • 魔法にかかった宿なしトラークさんの話
  • 幸せなお百姓さんの話

ひとりでできるもん!

ひとりでできるもん!」初代舞ちゃんの平田実音さん、若くして亡くなってしまいましたね……。まいんちゃん、そして現在のクックルン、すべてこの番組から始まった、エポックメイキングな作品でした。

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1990年スタートなので平成ですけど、舞ちゃんありがとうの気持ちを込めて。

私は当時のターゲット世代ではないのですが、受験を控え帰宅時間が早くなったので毎日観ていたんですね(あと『パラソルヘンべえ』『母と子のテレビ絵本』『おかあさんといっしょ』あたりを全部観る毎日……)。

「包丁で切るときは左手は猫の手」。この常識を世間に広めたのはこの番組の功績では!? 料理に関する名曲の数々(「麺麺麺、世界の麺類み〜なきょうだい♪」「スープはビシバシ、ビッシソワ〜ズ〜♪」)、そして「バッチリチリコンカーン」などのセリフは今でも思い起こされます。

第1シリーズでは、最初のころはおにぎりなどをたどたどしく作っていた舞ちゃんが、最後はフルコースを作るまでになって。第2シリーズでは、弟のブンちゃん(ちょうかわいい。文房具の文ちゃん、というフレーズだけ覚えているが詳細を忘れた!)が加わり、料理だけでなく掃除など家事全般が扱われるようになりました。「ハムスターは風呂に入れてはいけない」とか。

第3シーズンになると私もなかなかリアルタイムで観られなくなり、ビデオテープの時代なのでそうそうすべてを録画して見るわけにもいかず、記憶もかなり薄れているのですが舞ちゃんのドッペルゲンガーが現れたり壮大な話になったような。でも今のクックルンも宇宙からの侵略者から地球を守る話なのでこのへんも伝統か?

当時の放送内容を書き残してくれている人がいますので内容についてはこちらをご参照ください。

ひとりでできるもん!放送内容データベース

今でもクックルンの枠は再放送が多く、「これ観るの何回めだよ!」となるのですが、当時新聞のテレビ欄の投書欄に「すっごく楽しみにしてるのに再放送ばかりでがっかり」と投書が載っていたのを思い出します。お子さんが楽しみにしているお母さんの投書だったと思う。投書するほどですか! でも一回や二回で消えていくよりいい気がするんだけどな〜。

娘は保育園時代に舞ちゃんから伝授された方法、「おにぎりを作るときは茶碗とラップを使う」でおにぎり作りデビュー。共働き家庭なためなかなか料理を手伝わせる余裕がないのですが、そのうち上記のまいちゃん料理本を参考にしよう、と思っていた矢先の訃報でした。

教育テレビ好きとして、『みんなの広場だ!わんパーク』も毎週のように観ていました(教育テレビの「ダリオ」といえばイタリア語講座でなくわんパークを思い起こす)。すてきなお姉さんになった姿も、この目にしっかり焼き付いてます。平田実音さん、ありがとう。

 

追記

舞ちゃんと文ちゃんの写真の切り抜きをついこの間まで持ってたはずなんだよな〜と探していたら、目的のものとは別にこんなものが出てきました。

お菓子のおまけに「クッキングカード」なるものが入っていたようです。

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f:id:okoat:20161002215844j:image 裏

森永、とあるのでハイソフトかなんかではと思うのですがさっぱり覚えてません。

しかしこんなコラボ商品まで出ていたとは!

 

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我輩はカモである

別に21世紀生まれの人にマルクスブラザーズ観せなくてもいいとは思うんですよ。

我輩はカモである [DVD]

我輩はカモである [DVD]

 

(原題:Duck Soup/1933/パラマウント

ただ、私は、

「ドリフでもおなじみだった『鏡のコント』を初めて観る人を見たい」

のです。

ドリフのコントの方の解説はこちらにあります通りです。って、ジュリーと志村けんだったんだっけ、そのへんは記憶が曖昧でした。幼稚園のときからジュリーファンなのに!

で、この本家本元?のマルクスブラザーズの鏡のコント、その昔夫に観せたときも「え、そこまで……?」というぐらい大ウケだったのでぜひ家族全員で笑いたい。

が、『我輩〜〜』のDVDには字幕しかないし、その字幕もこんなDVD買うのマニアだけだろうということで視認性より正確さを確実に重視している雰囲気だし、ちょっと全編観させるのは厳しいかな〜。MGM時代に入ると美男美女ラブストーリーが軸になって音楽が多いからまだわかりやすいかもしれんがパラマウントはな〜〜。……コントのとこだけYouTubeでみせればいいか。でもさすがにもうちょっと前のシーンから見せないと、なんで隠れてるのかとかわかんないか〜〜。とグダグダ迷ってます。

 

と、ここまで書いて下書きに入れて数ヶ月。ついに見せてみましたよ。DVDをなんとなく流していて、鏡のコントの直前あたりで「これ見てごらんよ〜」。さて、その反応は……

おもしろがってはいたものの、わりと「見つかっちゃう!ドキドキ!」に弱いタイプなので、おもしろさより先に「バレちゃう!」という心配のほうが勝った感じでした。ポイントポイントでは吹き出してはいましたけど、まあそこまで爆笑とはいかず。

よく考えてみたら私もドリフ版でそこまで笑い転げた覚えもなく(もちろん面白かったですよ)、夫の爆笑っぷりが「そこまで笑うか!?」レベルのものだった気がしてきた。君笑いすぎだよ。

ただ「バレないかどうか心配することがキモではない」シーンだとわかったところで、またしばらくしたら見せてみようかな〜。でも次は『オペラは踊る』の「すっごい狭い船室に何人入れるか」シーンも待ってるのであった。

モモちゃん最終巻と読むタイミング

 先日書いたモモちゃんですが。

娘に主に読み聞かせていたのは保育園の年中、年長のころだったか?
私が自分で読んだのは、おそらく小学校に入学してからだったと記憶していますが
モモちゃんと年代の近いうちに読むとおもしろいかな?ぐらいの気持ちで読み聞かせておりました。

ただ、アカネちゃんは小さいものの、当初同一視していた(であろう)モモちゃんはだいぶお姉ちゃんになってしまうことなどもあり、最後に出版された『アカネちゃんとなみだの海』は買ってはあるものの読み聞かせてなかったんですね。

で、そういやもう3年生じゃん、と先日思い出して渡してみたのです。
しかし保育園のころ読んだモモちゃんシリーズ、その後読み返してる気配もなかったけど内容覚えてんのか?

最終巻を読む前にヒアリングしてみたところ、意外にけっこう覚えてましたね。
モモちゃんのトイレトレーニングのためにママがパンツを30枚縫う(パンツ手作りだったの!?)話、モモちゃんの「ニンジンがいや」発言にショックを受けてニンジン大脱走な話、帰宅が遅いママに激おこのモモちゃん終電後の電車に乗って雲の上へGO(またその雲が食べるとウマい)という話、モモちゃんが「うしおに」に影をなめられて生きるか死ぬかの大ピンチ……

ところが、例のパパとママの泥沼がらみのお話は全然覚えていない! 靴しか帰ってこないとかママのところに死神が来るとかインパクトはありそうなんですが。そして、悲しいお話だから封印した、という感じでもなく、どうやら彼女の理解の範疇を超えていて、記憶に定着してなかったんじゃないかなという印象です。へー。

パパの話を全然覚えてないまま最終巻を読むのもどうなのかと思いましたが、3年生女子はその辺にはとんとこだわらず『アカネちゃんとなみだの海』を読み、「おもしろいいイイイイイ!」と開眼。前作も一気に読み返し、雑に扱って口絵ページをびりっと破って怒られました。んもーお母さんはずっと大事にしてたのに!

私は正直、パパが靴しか帰ってこない話は辛くて嫌いだったのですが、娘はあんまりフィクションに感情移入するタイプではないためか、そこについてはとくに感想もないようで。読み聞かせる側としては多少気を使っていたのに……。それにしても、文学作品に触れるタイミングって重要ですね~。

そういや私の小学校の図書館に世界の文学のジュニア版全集があって、パール・バックの『大地』とか読んだけど、もうほんとにどんよりしちゃった覚えしかない。あんなもんジュニア版にしてまで小学生に読ませる意味あるのか! 二度と読む気せんわ! 纏足こわい
と、今改めてあらすじ読んでみたら

貧しい農夫、王龍(ワンルン)と阿藍(オーラン)一家の暮らしにようやく明るさが訪れようとしたとき、飢饉が襲う。二人はやむなく町へ出、それぞれ車夫と乞食になって糊口をしのぐ。そのうちに二人は、折からの暴動の勃発によって思いがけぬ大金を手にする。一家は再び故郷に帰り、没落した地主から土地を買い入れる。さいわい引き続く豊作にめぐまれて王龍は大地主にまでなるが、余裕ができると女遊びに走り、ついには妾を家に入れる。阿藍はただ黙々と働きつづける。子供たちは大きくなり、一家の暮らしはしだいに変容し、やがて二人にも死が

大地

なにこれおもしろそうじゃないですかね

ちいさいモモちゃん

私の世代(1972生まれ)より少し上の年代のお話ですかね、『いないいないばあ』でおなじみ松谷みよ子のモモちゃんシリーズ。

モモちゃんとアカネちゃんの本(1)ちいさいモモちゃん (児童文学創作シリーズ)

モモちゃんとアカネちゃんの本(1)ちいさいモモちゃん (児童文学創作シリーズ)

 

今は酒井駒子のイラスト(表紙だけ?挿絵も?)で文庫になっているようですが、私所蔵の古いものを読ませました。

私が読んでいたときも多少古さを感じましたが、まあ当時も「ゴーストップ(挿絵から判断するにお巡りさんが人力でやる信号のこと?)」とか、わからないなりにも読んでましたので娘もとくに引っかかることなく楽しんでいたようです。

モモちゃんシリーズはパパとママの離婚の問題などを児童文学的に素晴らしく扱ったことでも評価が高いわけですが。(以下ネタバレ)

なかでもパパと心が通わなくなってしまったママの元に靴だけ帰ってくるという描写はほんと、すごいなと思っていたのですが。

1992年に出たエッセイの(「小説」と書いてあるけどエッセイだろう)『小説・捨てていく話』を読むとなんとコレ実話。

小説・捨てていく話

小説・捨てていく話

 

マジか! 児童文学にこんなこと書くなよ! いや書いて!

ほかにもパパは「歩く木」、ママは「育つ木」だから一緒の鉢ではいられない、パパの木にくっついてる「やどりぎ」にママは決してなることはできない、とかパパとその愛人を寓話化した章とか全部実話でしたよもう。 

とまあ大人になってみると驚愕ポイントの多いこのシリーズではありますが、改めて私が驚いたのはそこではありません。

モモちゃんシリーズを読んでいると気づくこと。それは「モモちゃん(と2作目で生まれる妹)がしょっちゅう放置されている」ことです!

基本的に、子供向けのお話というのは子供がひとりでほっつき歩いているものですが(大人がいると冒険ができないから)、それは「お話の中のことですからね〜現実じゃないですよ」感が前提としてあるわけですよ。

ところがモモちゃんでは、幼児がひとりで、あるいは乳児と二人で留守番をしている場面がそこここに見られる(ちなみにモモちゃんのママはワーキングマザーです。だって夫が↑な状態だしね……)。そしてそれが「お話の都合上」感ゼロ。マジでこれやってましたよね??という雰囲気モリモリなのです。

今では考えられないことですが、よくよく思い出してみれば私も3歳のときにひとりで留守番していた覚えがあり、3歳で急に留守番しろと言っても無理だろうから、おそらく乳児のときには寝てる間に買い物に、ということが行われていただろう(ちなみに母は働いていたので同居の祖母が私をみていました)。

40年ぐらい前は、子供なんてほっとくものだったんですね。電車にベビーカー問題などで紛糾すると「昔の母親は子供が小さいうちは電車になんか乗らなかった」と過去の母親の自己犠牲を異様に評価する声が上がることがありますが、違いますよ〜。

単に子供を置いてひとりで電車に乗ってただけだよ!

その結果事故もボコボコ起こってたはずだよ!

今は子供を連れて外出するようになったおかげで子供が死なずに済んでよかったね!

ということですよ。今のお母さん(とお父さん)は子供の安全を昔より考えるようになっていて素晴らしいですね! 

モモちゃんとアカネちゃんの本(2)モモちゃんとプー (児童文学創作シリーズ)

モモちゃんとアカネちゃんの本(2)モモちゃんとプー (児童文学創作シリーズ)