児童書の表紙問題
すでに時機を逸した感がありますが児童書"萌え絵"騒動では何度もTwitterでいろんな人にリプライしそうになりながらも踏みとどまっていて(ついに赤木かん子さん登場!と思ったら本筋じゃない部分が海外クラスタの方々に波紋を起こしており「おっしゃる通りだが今はそこじゃない…」と悶々となり)一言言いたい気持ちが閾値に達してしまい、『ナルコス』シーズン4が待てなくてつなぎに観ている『エル・チャポ』に集中できないくらいになってしまったところ長年放置していたブログの存在を思い出したという次第。
結論としては、「海外在住の方、目立つところだけ見えたら心配にもなるでしょうが、
日本の大きな本屋で児童書の棚を見ると昔ながらの画風のもちゃんと売ってるし大丈夫だよ!」ということです。
ちなみに私は岩波少年文庫と学研の新しい世界の童話シリーズで育ったので、
自分の好みだけを言えば圧倒的に線画派であることを断っておきます。
それともうひとつ、「萌え絵」ってのはまたちょっと違うのではと私は思うので、この文章ではすべて「アニメ絵」と記しています。
1)アニメ絵って今に始まったことじゃない
今回やり玉に上がった「にんぎょひめ」、本屋のくるくる回るラックの厚紙絵本かと思ったら河出から出てるのか!
河出はともかく、厚紙絵本って昔からアニメ絵でしたよね、しかもパースが狂ってるレベルの。
昔はクオリティの低いアニメ絵だったのが、今はイラストとしてのクオリティは相当上がっているので、その面から考えると遥かに進化したといえるのではないでしょうか。
(それより、女の子向けすぎることのほうが気になる。男の子だってお姫さま系のお話は読むのでは?)
そしてアニメといえばディズニーも無視できないと思うのですが、
テニエルのアリスとディズニーのアリスの距離を10とすれば、
今のアニメ絵のアリスは12程度じゃないかという気もするのですが、
…いや、角川つばさ文庫はさすがにもっと遠いか!
でもディズニーのアリスも、テニエルと比べると相当じゃない?
アメリカではディズニー絵本みたいなのはなくて、映画は映画、絵本は絵本ではっきり分かれてるのかな?
(ペラい絵本をもらったことはあるが、あれは本じゃなくておもちゃ扱いな気がする)
# 割と最近、新しくアリスが出てたようなと思っていたが思い出した、佐々木マキイラストのだ!
2)そもそもシンプルな線画 VS アニメ絵という対立構造ではないのでは?
というのは、確実に
・シンプルじゃない芸術的なイラスト
・70〜80年代ごろの漫画っぽいイラスト
という方面も無視できない割合で存在するからです。
例)『桃太郎(新・講談社の絵本)』
どーん! 日本画!
「小さな子供にも、本物の絵の美しさと丁寧さを見ていただきたいと思い新しく編集し」たそうです。
アニメ絵ではないけど、線画寄りというわけでは決してないだろう!
これは想像の余地を奪うのか?? うばわれる気はする! あっとうてきすぎる!
ちなみに今でも現役!何刷りなの!!
なんかこれ見てたら、アニメ絵と日本画の距離ってそんなに遠くないような気さえしてきた。これかわいくすればアニメ絵にならない?ならないか!
あと、桃太郎といえば「まんが日本昔ばなし」の桃太郎かわいいですよね!
例)『てん子ちゃんとアントン』 絵:岡本颯子
これは1979年に出版されたもの。オリジナルのイラストによる版は岩波から出ていますが、他社からも書き下ろしイラストのバージョンが出てたんですね。当時としては相当「まんがっぽい」画風だったと思うのですが、これは想像の余地を奪うのか否か?
# そして当ブログで紹介したときの文章を読み返すと
# 「(娘に)ゆくゆくは『飛ぶ教室』をぜひ読んでほしいので、原作のシンプルなイラストバージョンも読ませてなじませたいわー」と書いてある……だから、私は個人的にはシンプル派なの!
#そして角川つばさ文庫で『飛ぶ教室』の新訳が出ているとな! これは買ってこないと!
例)『三人のおまわりさん』 絵:柳原良平(学研 新しい世界の童話シリーズ 1976)
日本で出版する際に柳原良平が書き下ろしてるもよう。
もともとのイラストは↓こんなだったようです。
柳原良平というと「アンクルトリス」ですが、絵本もいろいろ描かれていて、今も版を重ねています。
アニメ絵ではないもののキャッチーなイラストへの改変ですがこれは線画派の人にとっては可なの不可なの??
例)『空飛ぶ家』 絵:久里洋二 (学研 新しい世界の童話シリーズ1965)
こっちは久里洋二ですよ!
これはかわいすぎるだろう…
原書挿絵はこんな感じ。さあどっちを読みたい!
今現在出ている岩波少年文庫版は初版のイラストを使っているようですが、
私の年代になじみ深いのは上記表紙画像の、挿絵画家桜井誠さんのやつかな? おっしゃれー。原作挿絵よりおしゃれ。
岩波だって書き下ろしを使ってたんだよね〜。
それまでは上記日本画の「桃太郎」とかが主流だったなら、これは当時としては新機軸だったのでは?
ついでにピッピの表紙画像を検索してみたら、こんなにいろいろ出てるのか!
ローレン・チャイルドがイラスト描いたのもありますね。
1990年にポプラ社から出たのは漫画っぽい。
そして角川つばさ文庫、やっぱりこれだけは擁護できないかも! お母さんには厳しい!(個人の感想です)
2)昔ながらの画風のものも、今でももちろん売っている
とまあ、角川つばさ文庫ばかりが印象に残ってしまいそうではありますが、アリスでいえばテニエルなどのバージョンももちろん今でも売られています。
そこらの本屋にもあるということは、それなりに売れているのでしょう。
オリジナルでなくても、いわゆる「児童書の挿し絵」の伝統を汲む画風の作品もたくさん売られています。
たとえば「偕成社文庫」は伝統派?としてポリシーあるラインナップを貫いていますよ。
一度は読んでおきたい海外の古典・名作は、完訳を基本とし、原書の素晴らしさにふれていただけるよう、できる限り原書の表紙や挿絵を使用しています。もちろん、日本の古典・名作も原典に忠実です。
もちろん岩波少年文庫も健在
(装丁としては数十年前よりポップになってますがイラストはオリジナルです)
これはこれで、好んで読む子はいつの時代もいるのです。
それに応える出版社もたくさんあるのです。
選べるんです!
3)線画派の人にとっては「ハウス 世界名作劇場」はナシなの?
アニメ絵の表紙が想像の余地をそぐ。これはこれで納得できる言説な気もします。
ただ、我が身を振り返れば『赤毛のアン』も『家なき少女(ペリーヌ物語)』も『少女パレアナ(愛少女ポリアンナ物語)』も「ハウス世界名作劇場」の方に先に出会っています。
挿し絵どころか全編アニメ絵だ!(アニメだから)
でも出会いこそアニメであれ、特に赤毛のアンに至ってはその後「赤毛のアンシリーズ」「エミリーシリーズ」「ニュー・モンゴメリ・ブックス」を制覇したうえ詩集の『夜警』(ハードカバー版)まで持っているよ!(ただしこれは読んでない)
名作劇場が私の想像の余地を奪わなかったという事実に照らして、アニメ絵の青い鳥文庫が今のこどもの想像の余地を奪っているとは思えないなー
しかしアニメはどうなんだとか言い出したら次は映画化は、となっちゃいますね。
「シンデレラ」の実写とかさー 尺が必要だからいろいろ付け足されるしさー
古典の映画化は、だいたいみんなすでに基本の話を知っているだろうという前提だからいいの?
# ちなみに私は原理主義者なので映画化された作品は「原作を先に読んでから」派。
# ただし『指輪物語』を除く。あれは無理だったわ。映画のおかげで読了できました。ありがとうピータージャクソン!
# そういえば以前『高慢と偏見とゾンビ』を観るために『高慢と偏見』を読んでいたら上映が終わってしまった。打ち切りかよ
5)「漫画しか読まない」子にはみなさん結構理解があるのでは?
今の価値観としては、「本は読んだほうがいいけど、全員が全員読まなくても、興味の対象に打ち込めるならそれでよい」みたいな傾向ないですか?
ステータスをどう割り振るかは人それぞれ。
うちの子は虫に全振りしてるので図鑑に全部つっこんで物語の本はまあ適当に……というご家庭もあるでしょうし、漫画しか読まない、だけど漫画は新旧ジャンル問わず何でも読みまくる、みたいな子はある程度尊重される時代な気がします。
なのに今回、「漫画しか読まない子がアニメ絵に惹かれて古典を読むようになった」という事象が不当に低い評価を得ている気がします。
えー、アニメ絵で読むくらいなら読まないほうがいいの?
昔ながらのが好きな子はそっちを読む、アニメ絵で興味を惹かれた子はそっちを読む、で別によくない?
6)新訳も許さない?
今回、どなたかのTweetで「内容も今どきに変わってるんじゃないだろうな!」的に激しく怒っていらっしゃるのを見かけたのですが(確かめてもいないのにそんなに怒らんでも……)、読み継がれる古典なら新訳って定期的に出ると思うのですがそれもダメなの? 桃尻語訳枕草子、とかそのくらい乖離するとダメなのか?
現実問題、今どき「外套」とか言われてもわからんでしょう。寝台列車も今はないから「寝台」レベルも厳しいかな?
うちの娘に岩波のケストナー全集『ふたりのロッテ』(高橋健二訳)を読ませたらどうにも読みにくくページが進まない様子だったので、新訳の岩波少年文庫(池田香代子訳)を与えてみたところそちらは読めたようでした。いったん読み切ると高橋訳でも『五月三十五日』とか読めるようになったみたいですけど(そういえばケストナーは小松太郎訳も読んだ覚えがあるけど小松太郎版が池田香代子版にかわったのかな)。
新訳は話は別だということかもしれませんが、ホームズとか私が大昔に読んだのは多分こども向けに改変された内容だっただろうけどそれがそこまで問題だった気はしないし、いざ線を引こうと思うと難しいですね。
7)日本の絵本事情は悪くないと思う
かこさとしと安野光雅は日本の宝。
それはさておき、多くのお母さんが読み聞かせを意識して行っているので、
読み継がれる古典的な名作(翻訳創作問わず)にたくさん触れて育った子も多いと思います。
少し大きくなってキラキラのアニメ絵にも惹かれるようになっても、
この、多くのすばらしい絵本に触れた経験はどこかに必ず蓄積されているでしょう。
日本の児童書、とくに絵本はなかなか侮れないと思います。
数十年前より「かわいい」タイプが増えているような気はしていますが、
版を重ねる『名作」は本当にたくさんあります。
唐突にお勧め絵本を。
海外在住の方は、日本にお立ち寄りの際はぜひ大きめの書店の児童書コーナーに行ってみてください。
「うんこ漢字ドリル」など2匹目のドジョウ系ももちろん多いです、
「朝読書」の活動用なのか、安直なアンソロジーものも多いです。
そして確かに、昔に比べるとアニメ絵表紙はすごく多いです。
でも、こどもたちに文化を伝え、豊かに生きてほしいと願っている出版社、
書店員の願いのこもった棚を目にできると思いますよ。
日本のこどもも、昔のこどもと同じくいろんなものを吸収してると思いますよ。